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テスト

 投稿者:管理人  投稿日:2013年11月13日(水)20時50分19秒
  テスト  
 

我が至上の愛~アストレとセラドン~

 投稿者:アルシネテランメール  投稿日:2008年10月28日(火)02時04分59秒
  エリック・ロメール監督、待望の最新作
『我が至上の愛~アストレとセラドン~』が
いよいよ、2009年正月第二段、銀座テアトルシネマ他全国順次ロードショーとなります!
これで長編作は最期にしたいと、本人が公言している、渾身作です。

http://www.alcine-terran.com/list/library/les-amours-dastree-et-de-celad/

 

『変ホ長調三重奏曲』

 投稿者:G/9制作部メール  投稿日:2006年12月 6日(水)16時24分56秒
  突然の書き込み失礼いたします。
公演の告知にお邪魔いたしました。
横浜を中心に活動している劇団で「G/9-Project」と申します。

G/9-Project は2006年8月から2007年2月まで、
所属俳優が毎月ひとりずつ座長と組んで一日限り、
一夜限りの二人芝居を上演しております。
その名も【G/9プロジェクト ラッシュアワー】

毎回あっと驚く演出で劇団員をも裏切り続ける仲尾演出でお送りするラッシュアワーも12月で第5夜。
第5夜は映画監督のエリック・ロメール脚本の『変ホ長調三重奏曲』をお送りいたします。

▼G/9プロジェクト ラッシュアワー第5夜▼

■作品名:『変ホ長調三重奏曲』
■作:エリックロメール
■演出:仲尾玲二
■出演:仲尾玲二・吉田球映

◇ストーリー◇
かつて恋人同士だった男女が再会する。
言えなかったこと、わかって欲しかったこと、泣いたこと笑ったこと。
過ぎ行く季節とともに二人のわだかまりはお互いをより良く理解し許しあう糧になる。
名曲にのせて繰り広げられる大人のラブストーリー。二人の未来はいかに!!


■日時:12月19日(火) 開演19時(開場18時半)
■場所:シルクロード舞踏館
   (みなとみらい線「元町・中華街駅」徒歩3分(チャイハネ・ネネB1)
    http://www.cayhane.net/site/silkroad/access.html
■料金:¥995 (当日・前売り一律料金)
■チケット予約・問合せ:G/9プロジェクト事務所
【Tel&Fax】 045-777-7087
【HP】 http://homepage1.nifty.com/g9-project/
【Mail】 g9-project@w5.dion.ne.jp
 

アラン・レネ《 I WANT TO GO HOME》(1989)

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 6月 8日(水)08時49分12秒
  ああ、この掲示板、まだありましたね!(笑)…。

今夜、アラン・レネの《 I WANT TO GO HOME》(1989)を見てきたんですけど、出てましたよ!ジェラール・ドゥパルディューの大学教授がアメリカ人漫画家を自宅のパーティーに招いて、自分の仕事部屋に招じ入れると、部屋のソファーで取り込み中のレスビアンのカップルがいるんですよ。どっかで見た女たちだなあ…と思って調べてみたら、一人は、管理人さんお気に入りのエマニュエル・ショレちゃん(《お友達の恋人》)、もう一人が《春のソナタ》のアンヌ・テイセードルさんじゃありませんか!…。おまけに、ドゥパルディュー教授の秘書役みたいのをやってるのは《お友達の恋人》でショレちゃんが好きになっちゃうエリック=フランソワ・ジャンドロン君でした!

ほとほと退屈した、ほんとうにつまらない映画なんですが、この3人が出ていたお陰で、こんなフィルムでも許せる!(笑)。
CineKen2

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=cineken2

 

王家衛《2046》 (2004、香港=仏)

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月31日(月)19時27分21秒
  あざらしくん (>CineKen2-FORUM No. 10) :李闘士男「お父さんのバックドロップ」
>こういう娯楽作品(泣くことが娯楽)がしっくりくるよう
> になった私は歳を取ったってことなのだろうか、、、
> ふと考えちゃいました。

僕も王家衛 (Wong Kar wai)《2046》 (2004、香港=仏)を見てまったく同じ感慨に駆られました。《花様年華 (IN THE MOOD FOR LOVE)》(>CK2-F 7:2000)はたいしていいとも思わなかったんだけどねえ…。
> CineKen2-FORUM No. 43

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=cineken2

 

ロメール的なものー10: 洪尚秀 (Hong Sang-soo)

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月31日(月)19時06分21秒
  洪尚秀 (Hong Sang-soo)

昨晩《生活の発見》(2002、韓=仏)を見て、どことなくそう感じたんだけれど、この人って、ロメール的な感触が結構あるね。
《江原道の力》(韓、1998)
《生活の発見》(2002、韓=仏)
《女は男の未来》 (2003、韓=仏>CK2-F 42)
と見てきて感じるんだけど、ロメール、特に《緑の光線》の影響抜き差し難し。

 違いは、韓国人ってのは、メシ食って、酒飲んで、セックスすることしか興味ないんかね?…と思わせるくらいセックス・シーン( 洪の場合は「性交」シーンと呼びたくなるような…)がめったやたら多いこと。ロメールの場合は、ああいうもろにピストン運動が出てくるような場面は必要ないんだね。唯一の例外が《冬物語》のプロローグくらいかな?…(それから《蒐集家》にもちょこっと)。 洪の場合は、女と出会ったから、さあ始まるぞと思っていると本当にすぐ始まっちゃう。あまり予想通りなんで笑っちゃうんだね。好きそうな割に、この手のシーンが上手く撮れてるとも思えないけど…。でも、 《女は男の未来》 のソン・ヒョンアちゃんなんか、ちょっとロメール的な女の子だよね。
CineKen2@Paris

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=cineken2

 

訂正

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月21日(金)06時37分21秒
  この下の項(「ロメール的なものー9:《身をかわす》」)、訂正しました。下記のリンクから掲示板「CineKen2-FORUM」No. 33をご覧ください。
CineKen2

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=cineken2

 

ロメール的なものー9:《身をかわす》

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月20日(木)18時42分57秒
  アブデルラティーフ・ケニッシュ 《身をかわす (l'Esquive)》(仏 2003)
管理人さん(2004年 8月23日):
>ロメール自体がかなりベタなので、雰囲気を真似ると単に野暮ったいだけになりそう。
>ちゃんと咀嚼した上で反映させれば自然になるのかな?

 …まさにその通りのえらく「野暮ったい」フィルムなんだけれど、こないだのセリーヌ・ムルガ(>「ロメール的なものー3」)同様野暮は野暮なりに面白いことは面白いのです。だいたいロメールは真似ようったって真似られるもんじゃない。あっ、こいつロメールを見てるな!という感じが出るだけ。ただ、不思議なことにロメールの映画を見終わった時のあの感じがここに出てるんだよね。
 フランスの大都市周辺なら何処にでもある、移民労働者が集まっているような郊外の高校。アラブ人のオスマン・エルハラス君はフランス人の女生徒サラ・フォレスチエちゃんが好きになっちゃう。サラちゃんは高校の演劇部で学芸会にマリヴォーの《愛と偶然の戯れ》のリゼット役を準備している。オスマン君は彼女の相手役が演りたくて演劇部に入れてもらい、アルルカン役をやらしてもらうんだけど、演劇なんて全然知らないし、マリヴォーはおろか本だってロクに読んだことはないでしょう。おまけにサラちゃんが本当に好きなんで、彼女を愛するという「演技」が全然できない(そう、これは同じマリヴォーの《本気になった役者》の提起しているテーマです)。どうしてもクソ真面目になっちゃって、先生におこられてばっかり。おまけに、正規の彼女、アラブ人のオーレリ・ガニトちゃんからは難癖を付けられる、アラブ人仲間からはいじめられる…。アルルカン役からも下ろされ、学芸会ではホールの外からそっと覗いているだけ…。
 ここに至り、さすがのサラちゃんにもオスマン君の気持ちがわかり、団地の彼の部屋に向かって下から呼びかけるんだけれど、オスマン君は恥ずかしがって出てこない。しょうがないからサラちゃんは立ち去ってしまう。
(2005年1月19日、ソー市営 TRIANON)
CineKen2

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=cineken2

 

ロメール的なものー8:ニコラス・レイ

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月20日(木)09時30分49秒
  ついでに…。年代からして、多分これは《理由なき反抗》に関するコメントだと思われます。
「暴力の詩人であると同時に、ニコラス・レイは多分、他に容易に見出し難いような愛の詩人でもある。その根源や直接的あるいは間接的な結果の探求よりなによりもまづ、ニコラス・レイはこの二つの感情の魅惑に取り憑かれている。激情でも残酷でもなく、肉体的なアクション、状況、激しい情熱こそ私たちをあの独特の陶酔感に投げ込むものなのだ。アメリカ人映画作家の大部分に見られるよう、欲望そのものでは決してなく、二つの存在を結び付けるあの神秘的な和音こそ彼を魅し続けるものなのだ。 」
(エリック・ロメール in. 『カイエ・デュ・シネマ』No. 59、1956年5月号)
CineKen2

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=cineken2

 

ロメール的なものー7:《北京の55日》

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月 4日(火)20時10分26秒
  ▼《北京の55日》(ニコラス・レイ)

 実は、迂闊にもこれがニコラス・レイの作品だとはついぞ知らなかったんです(笑)。ハリウッド製の単なる歴史物スペクタクル映画だとばかり思ってたし、出た時もそういう風にしか見ていなかったんですが、改めてDVDを見て、これはさすがにニコラス・レイだわい!と思ったんですよ。
 …なるほどねえ。このフィルムの主役はチャールトン・ヘストンでもデイヴィッド・ニーヴンでもエヴァ・ガードナーでもない!…あの中国人の孤児の女の子だったんですねえ…。
 なんで、そんなことがロメールと関係あるかというと、《飛行士の妻》で、最終的に決定を下すのは女だ…いや男だ…という議論がありましたが、ロメールの場合も、決定を下すのは本当は子供なんだよね。《モード家での一夜》でフランソワーズ・ファビアンがアントワーヌ・ヴィテーズと再婚しなかったのは、多分娘が彼になつかなかったからみたいだし(いかにもヴィテーズは娘を放ったらかしにしてお母ちゃんを独占しそうじゃない!…)、《昼下がりの愛》でも主人公がズーズーさんとできちゃわないのも、子供が原因だったし、《冬物語》でもシャルロット・ヴェリがヌヴェールの美容院からパリへ舞い戻ってしまうのは、彼女自身の理屈以上に、多分本当は娘があすこになつかず、エルヴェ・フュリックの図書館司書の方になついていたからに違いない。そして、もちろん市政を左右する《木と市長と文化会館》のゾエちゃん…。《三重スパイ》だって、共産党員のアマンダ・ラングレ夫妻と、ロシアの貴族派のセルジュ・レンコ夫妻があんなに仲がいいのには娘の存在があるしね…。
…とくると、当然ジャック・ドワイヨン(-3)とも関係してくるよね。
CineKen2@Paris

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=cineken2

 

書き込み有難う!!!

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月 4日(火)19時58分6秒
  「あざらしくん」というのは、確かに管理人さんのことですよね。
「CineKen2-FORUM」への書き込み有難うございました。

>新しく京都に出来た「京都シネマ」

おお!
僕はてっきり日本では、映画を映画観で見るという習慣が失われてしまったんじゃないかと(CineKen2-FORUM 8)と危惧していたんですが、新しくできた映画館とは!…。
僕なんか、最近DVDなんかで映画を見る機会が増えるにつれ、映画館への欲求が加速度的に増大して困ってます(別に困ることもないけど…)。
こないだも、それまでテレビでしか見たことのなかったヒチコックの《鳥》 をちゃんとした映画館で初めて見て、へええ、これってこんなフィルムだったんだ!…と。やっぱし、あの電線に停まっているカモメたちが1羽1羽別々に見えないと、あれは怖くないんだねえ。
今年もよろしく!
CineKen2@Paris
 

あけましておめでとうございます

 投稿者:管理人  投稿日:2005年 1月 3日(月)23時07分15秒
  CineKen2さん、書き込みありがとうございます。今年もよろしくね。

>管理人さんもたまには登場しましょうよ!
あ、スミマセンです。

>フィルムは「春のソナタ」の世界にシューマンという不協和音が挿入されることにより、一本のフィルムの時間内のみ彼らの日常生活に波紋を生じさせた後、何事もなかったように「春のソナタ」の世界に戻っていく。

この一種予定調和的な安心感は、とてもロメール的で、且つリアリティがありますよね。
ま、このような潜在的(顕在的?)欲望はあまりの凡庸であるけど、ロメールの作る
お膳立ての中で展開されると、なかなかな愛すべき小品に仕上がるのは不思議です。

>1960年代末から70年代初めにかけてのミューズがズーズーさんだったらしいんだ。
うん。あの映画(愛の昼下がり)でのズーズーの使い方はそうであったろうと想像
させますよね。でも、そのように賞味期限のあるものを賞味期限付きの使い方を
するのはチョット当惑させられますね。「広末涼子、良いよねー。彼女の「20世紀
ノスタルジア」良かったよね」と仮に言われても、「嫌いなものは嫌いです」とし
か言えないわ、、、と言ったところでしょうか、、、
 

ロメール的なものー6

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月 3日(月)15時53分1秒
  ▼ゴダールとロメール(4から続く)
 「ー4」に出てくる 《カルメン…》が《マリア》の誤りだったことはお気付きの通りですが、やっぱし、この二人の相関関係が気になるなあ…。

1/現存する最も古いロメールの短編映画《シャルロットと彼女のビフテキ》(1951)の主役をゴダールが演じている。時にゴダール 21歳、ロメール 31歳。

それにしても、役者としてのゴダールはなかなかのもんじゃない?…。最新作《私たちの音楽》でも自分自身の役をを演ってるけど、あのぶっとぼけたキャラクターはなかなか捨てがたいな。そういや、こないだアニエス・ヴァルダの《5時から7時までのクレオ》を見ていたら、ここにもゴダールが出てくるじゃない!。それも結構ちゃんとした役で…。主人公の歌手にレッスンを付けるミシェル・ルグランもなかなかの役者だと思ったけど、ゴダールだって負けてない。

2/ゴダールの初期の短編《シャルロットとヴェロニク、あるいは男の子は全てパトリックという名前》(1959)にロメールが台本を提供している。なお、ロメールにも《ヴェロニクといたずら小僧》(1958)なる短編がある。《獅子座》(1959)にゴダール出演。

3/ 《カルメン…》(1983)の海はゴダールにしては珍しくノルマンディーの北の海(トゥルーヴィル)。奇しくも《ポリーヌ》(1982)の海もそこからそう遠くないグランヴィルの海岸。そうだ、《夏物語》もあすこいらだね。

4/《パッション》(1982)に大変印象深く登場するラスロ・サーボが《満月の夜》(1984)でもきわめて印象的。パスカル・オジエが行きがかりの男の子と一夜を共にした早朝、いたたまれなくなって正規の恋人の居る郊外の家へ帰ろうと思いパリのフラットを出て始発電車を待つカフェで出遭う挿絵家がラスロ・サーボ。何が「満月の夜」なんだ?…と思っていると、ここでようやく「満月の夜」には誰しも不眠症になるという話が出る。

5/僕は、ロメールのフィルムで、花が大写しになったりすると、やたらゴダールを感じちゃうんだけど、そういうのってあり?…。
CineKen2@パリ(2004年9月/12月)
 

ロメール的なものー5

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月 3日(月)15時49分48秒
  ▼ジャック&アニエス夫妻
 ひょっとして《冬物語》はロメール版《シェルブールの雨傘》(ジャック・ドゥミ)、それから《愛、午後(愛の昼下がり)》はロメール版《幸福》(アニエス・ヴァルダ)なんじゃないの?…。
 あれを逆立ちさせて、ドラマを抜き取っちゃうとロメールになる。 《冬物語》は《雨傘》みたいにあんな辛気臭い終わり方をしないで、敢えてウソみたいなハッピーエンドをやっちゃうから感動的なんで、 《愛、午後(愛の昼下がり)》は実際にはドラマが起こらず、主人公=語り手がむらむらと妄想を起こすだけだから面白い。そう、ちょうど《クレールの膝》の女流小説家が「物語が実際に起こらない方が面白いわ」と言ってるように…。
 そういや、二階に住んでるマリリン・モンロー似の美女に むらむらと妄想を起こしちゃうがビリー・ワイルダー《七年目の浮気》のトム・イーウェルさんなんだけど、ひょっとしてあれはフリッツ・ラングの《スカーレット・ストリート》と《飾り窓の女》を同様に「逆立ちさせて、ドラマを抜き取っちゃ」ったものなんじゃない?…。だから、イーウェルさんはエドワード・G・ロビンソンみたいに彼女の愛人を殺害しちゃったりはせず、 「むらむらと妄想を起こすだけ」だから面白い。《M》だって、「ライプツィヒの殺人鬼」とかいってちゃんとあすこに出てくる精神分析医の著作の中に収まっているじゃないですか…。
 《情婦》(1957)は《条理ある疑いの彼方に》(1956)の相当随分ライヴァル意識を燃やしていたんじゃないかな?…。少なくともフリッツ・ラングは《無頼の谷》(1952)で《外国での出来事 (A foreign Affair)》(1948) でワイルダーがディートリヒをどう登場させたか知ってたし、さらに今度は《情婦》でワイルダーが《無頼の谷》に対抗している。
 この二人の関係は、ロメールとゴダールの関係に似てないこともないんじゃないかな?…。
CineKen2(2004年9月/12月)
 

管理人さんもたまには登場しましょうよ!

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2005年 1月 3日(月)15時46分4秒
  折角掲示板を作ったんだから、管理人さんもたまには登場しましょうよ!(笑)
CineKen2

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

ニコ&ズーズー

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2004年12月26日(日)18時09分45秒
  管理人さん:
>フィリップ・ガレル (Philippe Garrel)
ああ、知りませんです。多くの私の知識の欠落部分になりますね、その周辺。
腱索してみると、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの歌姫ニコと恋仲
だったのですか、、、 それはすごい。

へええ、あのニコっての、そんな有名な人だったの!全然知らないで見てたよ。
実は、6月にシネマテークでガレルの特集があって、かなり頑張って通い始めたんだけれど、やっぱし途中でギブアップ。なんで、こんなのに付き合わされなきゃならんのだ!、とむしょうに腹が立ってくるんだよねえ(笑)。そこへいくと、ゴダールは何もわからなくても、わーキレイってぼーっと画面を見てるだけで1時間半くらいはすぐ経っちゃうから不思議なんです。
そのニコさんが1970年代のフィルムに軒並み出てるんだよ。そのニコの前、1960年代末から70年代初めにかけてのミューズがズーズーさんだったらしいんだ。ジーン・セバーグとニコで《高貴な孤独》(1974)、この二人にズーズーさんが加わって《初源の青》(1978)。ニコとビュル・オジエ(…は《満月の夜》のパスカルのお母さんだね)で《天使が通る》(1975)、ニコとドミニク・サンダで《クリスタルの揺りかご》(1975)、ニコと《ラスト・タンゴ…》のマリア・シュナイダーで《死の園への旅》(1976)…。
カトリーヌ・ドゥヌーヴもどっかで出ていたと思うし、この人、女優さんにはやたら恵まれてるね!
CineKen2@パリ

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

CineKen2さんは、どんな感じでロメールを見始めたのかしら?

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2004年12月26日(日)03時07分37秒
  実は僕は、非常に邪道というか…、演劇の専門家だったもので、演劇からロメールに入ってるんです。詳しくは、僕のサイトの「ロメールを見る」の《O侯爵夫人》、《ゴール人ペルセヴァル》、《ハイルブロンのケートヒェン》欄に詳しいんですが、当時入れ込んでいた西ベルリンの演出家ペーター・シュタインのところの役者たちが大挙して《O侯爵夫人》に出ていたんで、そっちから入ったんです。
特に、《O侯爵夫人》の主役を演ってるエディット・クレーファーはすごい女優さんで(確かに、あの人は純然たる舞台俳優なんで、ジーバーベルクの《パルジファル》にせよ、映画ではその凄さが出難いんですが…)、当時ペーター・シュタイン劇の主役は決まって彼女だったんです。
それからしばらくして、当時住んでいたパリ郊外のナンテール市の文化会館でロメールが演出したクライストの《ハイルブロンのケートヒェン》(DVDになってるやつ)が上演された。そんなことで、彼の純粋な映画の方は、その後なんですよ。
それも、最初はそう特に好きでもなくて、そうですね…小津安二郎のフィルムを全部見終わった頃から突然ロメールが面白くなり始め、それからですね、一生懸命見るようになったのは…。
だから、僕の場合、どうしても小津とロメールがどっかで繋がっちゃうんですが、小津にはまってた後でロメールに行くと、これはまあ何と自由に撮る人!…と当時エライ開放感を味わったものなんです。
では、またお邪魔します。
CineKen2@パリ

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

ineKen2:ロメール、コンテンツ追加

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2004年12月26日(日)02時21分12秒
  サイト「cineKen2」更新報告:
▼「エリック・ロメールを見る」欄に《春物語(春のソナタ)》(1990)のコメントを追加しました。(2004年12月)。

「邦題の「春のソナタ」はこのフィルムがベートーヴェンの《ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第五番「春」》に始まり、終わることに因るが、(…)
フィルムは「春のソナタ」の世界にシューマンという不協和音が挿入されることにより、一本のフィルムの時間内のみ彼らの日常生活に波紋を生じさせた後、何事もなかったように「春のソナタ」の世界に戻っていく。」

2004年7月にアップロードしたコンテンツにはこの作品のコメントが欠けていました。というのも、このフィルムは昨年春仏国立シネマテークで行われた回顧上映シリーズで初めて見たもので、その後DVDが手に入ったので、「再現」を加えたコメントを新たに加えました。
それから、またまたこのサイトの真似をさせていただき、当方の「CineKKen2」にも掲示板を作らせていただきました。たまには登場してください!(笑)。
直接のアクセスは以下からです。
<http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=cineken2>
よいお年を…
CineKen2

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

レスがおくれてすみませんー

 投稿者:管理人@帰省帰り  投稿日:2004年 8月23日(月)23時42分19秒
  胃カメラを飲んだり、帰省したりしてました。

>ジャック・ドワイヨンの新作《ラージャ (RAJA)》
>セリーナ・ムルガ (Celina Murga)《アナとお友だち (アナとその他の人たち (Ana y los otros)》(2003)
「ロメール的なもの」があちこちで作られているのは、なんか不思議ですねー。
ロメール自体がかなりベタなので、雰囲気を真似ると単に野暮ったいだけになりそう。
ちゃんと咀嚼した上で反映させれば自然になるのかな?

>あまり魅力的でないとおっしゃっておられる《昼下がりの愛》のズーズー
うん。ズーズーはその当時、オーラを発していたんでしょうねー。でも、一度映像に
なって時間が経つと、それを感じられなくなる人も多いですね。オーラを映像からも
発し続ける女優さんも多いけど。

>フィリップ・ガレル (Philippe Garrel)
ああ、知りませんです。多くの私の知識の欠落部分になりますね、その周辺。
腱索してみると、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの歌姫ニコと恋仲
だったのですか、、、 それはすごい。

>実は僕もそう(笑)。
そうですよねー。

>僕はゴダールを見る才能には恵まれていないんだ、と諦めていたんですが、
>最近見直してまして、故意に解像度を低くしたデジタルで撮った部分を含め、
>画像の美しさだけで十分付き合いきれると判ってきました。
その境地まで達しないといけないのですね。

>ゴダールのものは、新しいフィルムが出る度に大きな話題にはなるんだけれど、
>お客さんが全然入らないから、
近頃、感じるのは、やはり映画を見るための「臨界期 critical period」がある
ってことですね(ま、本も同じだけど、それよりクリティカル)。あのルサンチマン
を抱えた青年期にどれだけあの手を映画を詰め込めたかによって、その後が決まる
感じがします。私は、(わからん映画を見続ける)体力がなかったためか、蓮見
重彦センセにだまされたためか、腰が砕けてロメールなどを見ているのですが、、、、
バブルの頃の「マリ・クレール」的と言いましょうか、、、、

CineKen2さんは、どんな感じでロメールを見始めたのかしら?
 

ロメール的なものー3

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2004年 8月 9日(月)17時58分2秒
  「ロメール的なもの 」がフランス映画界に如何に深く根を張っているかまざまざと実感させたフィルムが昨年発表されたジャック・ドワイヨンの新作《ラージャ (RAJA)》でしたが、これには大層な秘密はなく、お馴染みマーガレット・メネゴーズ女史のプロデュースにロザンジュ製作、主役にパスカル・グレゴリとくりゃ、ロメール臭が濃厚に漂って当たり前。
ところがここに、思わぬところからロメールにオマージュを捧げているようなフィルムが登場しました。セリーナ・ムルガ (Celina Murga)というアルゼンチンの若手女流映画作家が初めて撮った長編だという《アナとお友だち (アナとその他の人たち (Ana y los otros)》(2003)。ブエノス・アイレスに住む若い女性アナさんが故郷のパラナに帰省し高校時代の仲間たちと再会する。彼女は昔の恋人マリアノに会いたい…。随分ロメール臭が匂うなと思っていると、以前彼女が好きだったというもう一人の男友達が「最近見たフランス映画」として《冬物語》に触れている。なーるほど。
CineKen2@パリ

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

ロメール的なものー4

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2004年 8月 9日(月)17時30分6秒
  >>ロメールは「むっつりスケベ」。
>そうですね。でも通常は女性に気持ち悪がられる「むっつりスケベ」な視線が
なぜ女性に共感される映画を生み出すんだろう。

管理人さんが、あまり魅力的でないとおっしゃっておられる《昼下がりの愛》のズーズーなんですが、実は彼女、当時フィイップ・ガレル (Philippe Garrel)の作品でしょっちゅう主役をやっていた女優さんなんです。このガレルというのは、フランスの戦後映画史にはゴダールあって、その次にガレルあり、なんて評されることもあるもんで、義務感に駆られてつい見に行ってしまうんだけれど、毎回時間を無駄にしたと思うのが常なんですが、そのガレルのフィルムに登場するズーズーさんとロメールを較べてみると、やっぱしロメールは一種の天才なんだな、とよく判ります。彼女のああいったヴァンプ的な資質をガレルはまったく発掘していない。マリア様かなんかやらしちゃって!…。

>ゴダールは学生時代に数本見て以来ご無沙汰ですが、、、LDで買ったゴダールのマリアも第一部のアンヌ・マリー・ミエヴィルによる「マリアの本」の方ばかり見ていた私なのですよ。

実は僕もそう(笑)。僕はゴダールを見る才能には恵まれていないんだ、と諦めていたんですが、最近見直してまして、故意に解像度を低くしたデジタルで撮った部分を含め、画像の美しさだけで十分付き合いきれると判ってきました。
ゴダールによく出てくる海辺や湖畔の風景は結構ロメールくさいし、《ポリーヌ》冒頭の満開のアジサイなんかはやたらゴダールくさい。《蒐集家》と《気狂いピエロ》は同じ場所で撮ったかもよ?…。
《マリアの本》は《カルメン…》の前座として上映されたと記憶しますが、確かにフランスでも、ロードショウになった時、専ら評判が良かったのは奥さんが撮った短編の方で、旦那の本編の方はどうでもよくて、奥さんの方だけ大好評だったのをよく憶えています。
ゴダールのものは、新しいフィルムが出る度に大きな話題にはなるんだけれど、お客さんが全然入らないから、グズグズしてていつも見逃しちゃう。これだけ話題になってるんだから、暫くはやってるだろうと思っているうちにロードショウが終わっちゃうんだ。こないだ見た新作《私たちの音楽》なんかも、朝11時の割引料金の回に行ったら、お客は僕一人しか入ってないんだよ!…さすが、ギリチョンになって3人くらいは来ましたが、これじゃあねえ(笑)。次に入ってきた~どうもアメリカ人の留学生らしき~女の子に「ゴダールの映画はほんとうにここでやってるんですか?」なんて訊かれちゃったよ。「僕一人じゃなくてよかった!」って答えたらゲラゲラ笑ってたけれど…。
CineKen2@パリ

PS:そのルノワールの《ピクニック (Partie de campagne)》のことを調べていて、ビックリ仰天。このフィルム、完全な形では残ってないんですが、助監督にジャック・ベケール、有名な写真家のアンリ・カルチエ=ブレッソンとかのルキノ・ヴィスコンティ大先生が就いているんだね。知らなかったよ!。

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

こんばんわ

 投稿者:管理人@夏バテ  投稿日:2004年 8月 8日(日)20時33分34秒
  >それに気付いたのは、ゴダールの《リア王》(1987)を見てて、なんかどことなく
>《緑の光線》(1986)に似た感触だなあ…
リア王を見ていないのですが、ちょっと興味ありますねー。ゴダールは学生時代
に数本見て以来ご無沙汰ですが、、、LDで買ったゴダールのマリアも第一部の
アンヌ・マリー・ミエヴィルによる「マリアの本」の方ばかり見ていた私なので
すよ。

>ベルリンから逃げてきたビリー・ワイルダーがハリウッドへ行く前にパリで
>一本撮ってるんです(《悪い種 (Mauvaise Graine)》(1934)。
これもおもしろそうですね。あの頃のパリを映している映画なら、きっとただ
見ているだけで楽しいような(夢を持てる)ような気がします。上手にパリを
切り取っているのでしょう。「エヴァの匂い」の中で描かれるヴェネチアの
ようにねー。ロメールの映すパリとかその他の地方都市も(実際以上に)
魅力的に見えるから不思議。特にクレルモン・フェランとか。

>今度パリにいらした時にロメール映画のロケ・スポットにご案内しましょう!
パリに涼みに行きたいですが、今年は(も)猛暑のようですねー。
久しぶりに鈴木布美子著「映画で歩くパリ」なんぞを本棚から取ってきて読んでます。
HPでご紹介にあったホテル・オブセルヴァトワールの写真もでてますね、この本。
 

暑いですー

 投稿者:管理人@夏バテ  投稿日:2004年 8月 8日(日)20時02分11秒
  CineKen2さん、レスが遅くてすみませーん、

>ロメールは「むっつりスケベ」。
そうですね。でも通常は女性に気持ち悪がられる「むっつりスケベ」な視線が
なぜ女性に共感される映画を生み出すんだろう。まあ、女性が嫌いでは当然
あんな映画はできないけど、単に女性が好きでちょっと満たされない女性のあ
りようを肯定的に描いただけでもなさそう。

ロメール映画を見ている女性は、自分の長々としたくだらない話を、ちゃんと
聞いてくれて記録してくれる監督を、無意識にポジティブに受け取っているん
でしょうか? 話を聞いてくれる=リスペクトされている(高く評価されている)
と感じるのかしら? でも女性の長々した話を聞いてくれるのは、交尾をしたい
オスか、ホストか、カウンセラーくらいですよね、、、 ロメールはその意味で
稀有な監督なのでしょう、、、
 

ロメール的なものー2

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2004年 7月31日(土)18時34分46秒
  >《勝手にしやがれ》とロメールの映画って、全く接点がないように感じるけど、
いろいろつながっているのね。

ゴダールとロメールの二人は仲良しだし、お互いのフィルムをよく見てますね。いつか二人の相関関係を調べてみたいと思ってます。
実は、それに気付いたのは、ゴダールの《リア王》(1987)を見てて、なんかどことなく《緑の光線》(1986)に似た感触だなあ…と思ったのが始まり。調べてみたら同じキャメラ(ソフィー・マンティニュー)だったんです。
それから、ロメールの撮ったTVドキュメンタリーを見てて気が付いたのはゴダールが《中国女》(1967)や《彼女に関する二、三の事柄》(1968)で随分色々なイマージュを拝借している点。逆にロメールのTVフィルム《エドガー・アラン・ポー》にはゴダールの映画がちゃんと引用されているし、同じくカール・ドライヤーのインタヴューではアンナ・カリーナが語り手をやってる。

>個人的には「死刑台のエレベーター」とかのパリの雰囲気が好きです。

最近発見したんですが、ベルリンから逃げてきたビリー・ワイルダーがハリウッドへ行く前にパリで一本撮ってるんです(《悪い種 (Mauvaise Graine)》(1934)。これが彼の処女監督作品らしいんだけど、フリッツ・ラング大先生じゃないし、ロクなセットも作ってもらえないわけ。だから彼は車にキャメラを積んでパリの街を撮りまくった。結果はヌーヴェル・ヴァーグの走りみたいなフィルムになって、《死刑台のエレベーター》にそっくりなんだよ。うら若きダニエル・ダリューが主演してる。

管理人さんが今度パリにいらした時にロメール映画のロケ・スポットにご案内しましょう!
じゃあ、またね、CineKen2

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

ロメール的なものー1

 投稿者:CineKen2メール  投稿日:2004年 7月31日(土)17時42分7秒
  >ロメールの映画は一貫してエロティシズムの映画なのだ。(管理人さん)

そうなのだ!
ロバート・マリガンの《The Man in the Moon》(1991)はまったくもってロメール的な設定で似たような物語が語られるわけですが、ちっともエロティックじゃないんです。結局はお説教に終わっちゃう。
ジャン・ウスターシュの《私の小さな恋人たち (Mes Petites Amoureuses)》(1974)はネストル・アルメンドロス以下ロメール組のスタッフが大挙して参加してますが、なんともエロティックでない。
本当はこういう見方はあまり良くないんですが、どうしても較べちゃいますねえ…。
ロメールのエロティスムは、どうもジャン・ルノワールから来るものが大きいんじゃないかな?…。二人の違いはルノワールが「どスケベ」なところロメールは「むっつりスケベ」。
《草の上の昼食》(1936)では、山羊を連れた妙ちくりんな牧神爺さんが出てきて笛を吹くと、たちまちにしてモーレツな強風巻き起こり、女たちのスカートを派手に舞上げる。これがやりたくてルノワールはあの映画を撮ったに違いないと言ったのはフランソワ・トリュフォーですが、《クレールの膝》ではジャン=クロード・ブリアリがごく慎ましやかに、ちょっと眩しげにクレールのスカートの中を覗いている。
ロメールにとっていちばん大きいのは《遊戯の規則》(1939)なんでしょうが、《ピクニック (Partie de campagne)》(1936)が連作「道徳小話」のプロトタイプになっているかも?…。つまり主人公には正規の恋人なり許嫁なり奥さんがいる。ところが一編のフィルムの間だけ、別の女性にむらむらと妄想を起こしてしまう。ルノワールは主人公が女性で、ブランコに乗ってスカートをひらひらさせてるのを男たちがちゃんと眺めてる。
ルノワール流「スケベ」を実感するには、「クソ」の付くマジメ男フリッツ・ラングと較べてみるといい。ルノワールは《雌犬 (La Chienne)》(1931)、ラングは《赤い通り (Scarlet Street)》(1945)。まったく同じ脚本です。だいたいからして主人公の鼻の下の長さが違う。ミシェル・シモンとエドワード・G・ロビンソンじゃあ…。
じゃあ、またね、CineKen2

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

京都は熱帯モンスーン気候

 投稿者:管理人  投稿日:2004年 7月27日(火)00時49分19秒
  さっきはスコールが降っていました。

CineKen2_Parisさん、こんにちは

>映画2本+おまけヴィデオ(…たって 140分もありますが)で1万円以上もするんだよね!
ロメールの映画は解像度が高くないので、DVDだろうが、ビデオだろうが、あんまり
関係ないですよねー。中古やレンタルのビデオで十分という感じですー。

>仏ローザンジュが出しているボックスでは、《獅子座》、《O侯爵夫人》、《ペルセヴァル…》、《レネットとミラベル》、《木と市長…》、《パリのランデヴー》の6本に《ケートヒェン…》と《ルイ・リュミエール》、《モンフォーコン村の農婦》その他オマケも充実してて(ただし字幕無し)、ユーロの高さを換算しても1万円はしなかったぜ。
あ、それは安い。英語の字幕がついていたらもっと良いけど。アマゾンを見ていたら
欲しくなるなあー。

>《冬物語》でフェリシーとシャルルが再会する「188」番のバスに乗って、同じ席に座ってきました。
おおー。マニアックですねー。私も先日、タルコフスキーのサクリファイスに
使われていたイコンの画集(スウェーデン語)を買って、DVDにあわせて
ページをめくっていたりしました。

>でもあれはゴダールの《勝手にしやがれ》でジーン・セバーグが住んでいた下宿ホテルだよね。《モンソー…》で最後に二人が行くレストラン「ペルゴラ」も《勝手にしやがれ》に出てきますね。
《勝手にしやがれ》とロメールの映画って、全く接点がないように感じるけど、
いろいろつながっているのね。個人的には「死刑台のエレベーター」とかのパリの
雰囲気が好きです。でも実際にパリに行くと、美術館とか観光スポットめぐりに
なっちゃうんですよねー。

http://www.amazon.fr/exec/obidos/ASIN/B0001FXACO/qid=1090856841/

 

日本版DVDの価格はベラボー!

 投稿者:CineKen2_Parisメール  投稿日:2004年 7月18日(日)16時48分45秒
  >私は(ヨーロッパでも手に入りやすい)英語字幕のビデオで見ることが多かったのですが
>私は「木と市長と文化会館」はなぜかイタリア語吹き替えしか持っていなくて、

へーえ、そんなのあるんだ!
…それにしても、管理人さんはよくご存知だと思うけど、紀伊国屋さんのDVDのあの価格設定、ちょっとベラボーだと思わない?…。《O侯爵夫人》と《ペルセヴァル…》+TV用のヴィデオに過ぎない《ハイルブロンのケートヒェン》つまり映画2本+おまけヴィデオ(…たって 140分もありますが)で1万円以上もするんだよね!仏ローザンジュが出しているボックスでは、《獅子座》、《O侯爵夫人》、《ペルセヴァル…》、《レネットとミラベル》、《木と市長…》、《パリのランデヴー》の6本に《ケートヒェン…》と《ルイ・リュミエール》、《モンフォーコン村の農婦》その他オマケも充実してて(ただし字幕無し)、ユーロの高さを換算しても1万円はしなかったぜ。リリース直後のプロモ期間に買って69ユーロだったかな?…。
《ルイ・リュミエール》(《獅子座》のオマケ)がすごい!…。リュミエールのほぼ全作品収録に加え、仏国立シネマテーク創立者アンリ・ラングロワとジャン・ルノワールがそいつを見ながらコメントしてる。

>パリ周辺に住むというのはうらやましいです。

こないだ、《冬物語》でフェリシーとシャルルが再会する「188」番のバスに乗って、同じ席に座ってきました。でも、二人が途中下車した停留所近辺はもう変わっていてわからなかった。《シュザンヌ》のブール・ラ・レーヌ駅はちっとも変わってないけどね。電車が三色旗色のスマートなやつに変わっただけ。ギヨームが住んでた下宿ホテルやカフェはまだあります。カフェは未だ同じ名前(Luco)ですね。「天文台ホテル」というのはもうないみたいですが…。でもあれはゴダールの《勝手にしやがれ》でジーン・セバーグが住んでいた下宿ホテルだよね。《モンソー…》で最後に二人が行くレストラン「ペルゴラ」も《勝手にしやがれ》に出てきますね。
 CineKen2@パリ

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

こんばんわ

 投稿者:管理人  投稿日:2004年 7月18日(日)01時43分13秒
  CineKen2_Parisさん、書き込みありがとうございます。

>いづれにせよあんな字幕屋さん泣かせの映画はないやね(笑)
私は(ヨーロッパでも手に入りやすい)英語字幕のビデオで見ることが多かった
のですが、なんとなくフランス語を聞きながら必死で英語字幕を日本語に頭の中
で翻訳しながら見ているので大層疲れました。

>住んでるのは《シュザンヌ…》でお馴染みのブール・ラ・レーヌです。
良いですねー。パリ周辺に住むというのはうらやましいです。

>《木と市長と文化会館》(1992)ではすっかりオバサンになっちゃってて(笑)…
いやあ、私は「木と市長と文化会館」はなぜかイタリア語吹き替えしか持っていな
くて、内容が十分わかっていないんですよー。今度見るとき注意して見ますね。

ところで、CineKen2_Parisさんの書き込みなどを見ていたら、ヴァネッサ・パラディ
主演の「白い婚礼」の中で、授業でロメールの「緑の光線」を使っているシーンが
あったのを思い出しました。ちょっと調べると編集者が共通であったり、ブリゾー
監督がロメールと親しかったりということがあったんですねー。でも、「白い婚礼」
はなんかつまらない映画だったような、、、
 

Cineen2訂正

 投稿者:CineKen2_Parisメール  投稿日:2004年 7月16日(金)19時19分49秒
  「エリック・ロメールを見る」全編で女優さんの名前に間違いを発見しましたので訂正しておきました。「クレマンチーヌ・ラムールー」は「アムールー (Amouroux)」の間違い。この人は、かつてピーター・ブルック演出のシェイクスピア《尺には尺を》(1978)の舞台で注目した人なんですが、その時はロメールの《英国婦人と公爵(邦題「グレースと伯爵」)》にも出ているフランソワ・マルトゥーレ(デュムリエーズ)との共演。なあるほど、あの頃ロメールの《ゴール人ペルセヴァル》に出ていたのですね。《木と市長と文化会館》(1992)ではすっかりオバサンになっちゃってて(笑)…

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

またまた CineKen2です

 投稿者:CineKen2_Parisメール  投稿日:2004年 7月13日(火)08時29分36秒
  >おどろきの充実のサイトですね。私の思いつきで書いているサイトとは違い、しっかり
>紹介をされていますねー。

いえいえ、CineKen2は、ロメールについてやりたくて立ち上げたサイトですから(笑)。でもこのサイトから随分勇気づけられたし、参考になりました。

>でも正直言うと、私はロメールの映画を続けて見るのは、ちと「しんどい」
>です。セリフを楽しむより字幕を追うのが精一杯で、、

よく判ります。実は日本語字幕付で見たことが一度もないもので、どんなことになるやらあまりよく判らないんですが、いづれにせよあんな字幕屋さん泣かせの映画はないやね(笑)。僕も小津安二郎の無声映画の仏語「弁士」をやったことがあるんでよく判りますが…。というわけで、コメントの箇所に長々と「再現」欄を設けました。
こちらこそ、よろしく、
CineKen2#Paris
…というか、住んでるのは《シュザンヌ…》でお馴染みのブール・ラ・レーヌです。あの映画に出てくる館はつい最近までそのままあったのが今改装中。毎日前を通り、映画に出てくる駅から電車に乗ってパリへ行きます。また《冬物語》の最後に出てくる 188番のバスもうちのすぐ下を通ってます。

http://perso.wanadoo.fr/kinoken2/cineken2/cineken2.html

 

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