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なためさん
先日、道標の場所確認して参りました。送電線鉄塔の下の墓地ということで、もう一度確認したらたどり着くことができましたよ。芦場新田側から車で大宮通りをチェックした時、ほ場されて途切れている続きの道を見つけられなかったのが原因です。車での散策では大事な部分を見過ごしてしまいますね。
資材置き場の先のT字路がこの道標のあった場所であろうかと思われます。この部分なぜか地形図はそのまま県道63号に抜けてるのは何故なんでしょう?
近所の方にお聞きしたらこのぶつかる細い道がかつての旧道で、今の県道63号の元になった道は、昭和初期の戦時下に玉生の鉱山へのアクセスを便利にするために整備された道のようです。当時その道は「決戦道路」と呼ばれていたそうで。とにかくこの旧道から鉤の手に大宮宿に入ったようです。
六字名号の入った寒念仏の字体の迫力にもシビれたのですが、もう一つの道標の方が気になって小一時間観察してしまいました。
「卍 南無観世音菩薩 宝永元年」 あたりは読めましたが全て解読できません。右側面の地名も不明瞭です。「原」は確認できるので「大田原道」の可能性が高いかな。
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